熊本県テコンドー協会

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回想 〜くまもとのテコンドー〜

  • 熊本県テコンドー協会
  • 会長 樋口 悦夫

(一社)全日本テコンドー連盟 始動!

しばらくの間、コラムをお休みしていましたが、少し落ち着きましたので、久しぶりに掲載することとしました。

さて、当協会も昨年新しく発足した、一般社団法人 全日本テコンドー連盟(武田正博理事長)の加盟団体として参加し約半年が過ぎました。昨年7月、当協会は、宮崎で開催された九州大会への選手出場を拒否され「熊本県協会は、すでに退会処分となっているから」との文書が送られてきましたが、おかしなことに、現在までに退会の理由及び全日本協会からの正式文書は届いていません。

全日本協会は、一昨年の12月、及び昨年4月に内閣府から二度の是正勧告を受けながらも、会長はじめとする役員がその責任を取るわけでもなく、公益法人を自ら返上、現在も平然と継続しています。そのような中、自浄作用のない団体に見切りをつけ新団体へ加盟しました。一昨年、全日本柔道連盟も是正勧告を受け、上村春樹会長は、潔く辞任されましたが、常識的な決断ではないでしょうか。

5月、佐賀県出身の濱田選手が、日本テコンドー史上、初の公式大会世界選手権で見事に優勝、日本テコンドーを大きく世にアピールしましたが、濱田選手は、小学生時代から佐賀県協会会長の牟田靖文先生、そしてここ数年は、全日本、国際大会でも活躍した古賀剛先生のもとで大きく成長し、ロンドン五輪をはじめ、多くの国際大会で日本テコンドーのトップアスリートとして活躍しています。当協会が主催した「くまもとオープン」にも以前参加したこともあり、今回の世界一は、大変喜ばしい快挙です。心よりお祝い申し上げます。

選手の活躍で、テコンドーが注目される事は、嬉しい限りですが、その組織の姿が、次第に浮き彫りになってくる事は避けられません。選手の活躍と、組織の問題は、本来リンクさせるべきではありませんが、ここ数年のテコンドー組織の失態は、その栄光にも影をさしています。私ども連盟の主な面々は、日本テコンドーの草分け時代から現在に至る先生方が多く、理事長の武田先生は、1981年に当時の全国統括団体であった日本テコンドー協会を立ち上げに参加された先生ですが、日本テコンドー30年間、組織問題で、多くの優秀な指導者が、やる気をなくして、テコンドー界を去っていったか、私も1985年(昭和60年)から、参加している古株の一人ですが、幾度となく繰り返される分裂に、当然嫌気をさしてやめていく選手、指導者は、数多く見てきました。

今回、私どもの連盟は、全日本協会の運営に危機感を覚え、JOC不正謝金問題をきっかけとして、内部での正常化を試みましたが、残念ながら、公益返上に反対した主な面々が、処分対象となるなど、内部での正常化は困難となり新団体での出発を余儀なくされました。

現在、私どもは、武道としてのテコンドーを念頭に、5月19日、国技院とのテコンドー普及発展のための基本協定(MOU契約)を締結するに至りました。日本国内でのテコンドー普及事業は、大変遅れているとの世界テコンドーの本部である国技院の指摘を受け、今後は、普及活動に邁進していくことを、私どもの連盟はともに協力し歩む覚悟です。

その第一歩として、5月24日に、東京で第33回全日本選手権大会を開催しました。何故、33回なのか、それは、1981年に日本協会が第1回全日本選手権を開催し、現在通算すれば34回ですが、一度だけその年に開催していない年があり、日本協会、日本連盟、全日本協会と主催団体は変わりますが、日本連盟では23回まで実施、全日本協会は、なぜか1回が4度あるおかしな状況で、今年で8回全日本としています。

私どもは、全日本選手権はその競技の歴史と考えていますので、日本ではすでに30有余年の歴史があります。そのような見解で33回大会とし、連盟主催第1回大会と副タイトルで掲げました。このように一歩一歩ですが、常識的なことは、キチンと見直しながら、選手も、指導者も楽しいテコンドーが出来る環境を作ることを目標に頑張っています。

お蔭で、加盟団体も増加中で、同じ志をもった良識的な面々が加盟されています。まだできたばかりの組織ですので、完璧ではありませんが武道としてのテコンドーを原点に立ち止り推進していく所存です。

別添:日刊スポーツ記事[PDF]

MOU契約の様子MOU契約の様子MOU契約の様子
開会式全日本 キョルギ試合表彰式全日本 熊本選手団

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